黒輔です。
私が主に生活してる宮城県、ここ最近はずーっと天気がどんよりしてたんですが、『天気の子』公開日となった7月19日(金)は打って変わって蒸し暑く、夏に相応しい天気になりました。もちろん偶然だし、現実には天気の巫女がいるわけでは有りませんが・・・ 天気という物には不思議なパワーがあるなというのを嫌でも実感させられましたね。
さてそんな『天気の子』の感想なのですが、まず、余計な先入観を与えたくないので、観てない方はここでブラウザバックでお願いします。やっぱり映画はまっさらな状態で見るに限りますよ。なんなら予告編も見なくて良いくらいだ。
鑑賞済みの方、先に感想聞いておきたい方はそのままどうぞ〜。
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前作を受けて
あのですね・・・一言で言うと ―かつ失礼な言い方をすると―『君の名は。』で批判の声を受けた新海さんがブチ切れて「見たけりゃ見せてやるよ」っつって作った映画なのかなと思いました。新海監督作品にはそこまで詳しいわけではないのですが、それでも意気込みや作家性は感じましたね。具体的に前作へのカウンターとなってると思ったところは物語の結末部分(かつ自分が結構好きな部分)なので最後に語ります。
ブチ切れて・・・ってのはちょっと行き過ぎですが、『君の名は。』を受けて監督が色々と考えた足跡がインタビューで見られるので、気になる方は読んでおいてください。
さて、半ば予想はしていましたが前作『君の名は。』のキャラも出演。特に瀧くんは結構ガッツリ出番ありましたね。訪問したお婆ちゃんの家の表札が「立花」だった時点で気付くべきだった・・・。もしかしたら群衆の中にちろっと居るぐらいかな?とも思ってたのですが、あそこまで堂々と出てくるとはね。ちょっと大人っぽい顔だったけど具体的に何歳ぐらいなんだろう。
事前情報は多分なかった?と思うので出て来た時「ウオーッ!瀧じゃん!」とか喜びました。どよめきが起こった劇場もあったとか。ただまぁ・・・エンドクレジットでの役名が「立花瀧」「宮水三葉」だったのは個人的にちと安直でつまらんなぁとも感じたり。「店員」とかでも良かったんじゃねぇかな?同一人物だけど別人っていう解釈もできますけどね。
描きたいテーマというのは前作から変遷しながらも連続性を以って受け継がれているから、キャラを出すのは分かるし、世界観が繋がってる(っぽい)ことを示すのもそういう文脈なんだなという事も分かる。直接の続編ではないにせよ、精神的には続編である、という感じでしょうか。主人公の背中を押してくれる頼もしさ良かった。
あとテッシーとサヤちん何処にいたのか分からんかった・・・・・・誰か教えて。(四葉は分かった)
映像面は最高傑作!
100%断言できる。マジで映像面は凄かった。劇中での東京はずーっと雨。その雨の一粒一粒が地面に跳ね返って飛び散るところとか丹念に作画しててマジかよってなった。冒頭で出てくる「光の水溜り」も本当に神々しくて。あと陽菜の力で一気に晴れて、ビルの窓が光に転じるところとか。なんかビルがウワーッって言ってるみたいだった(は?)
特筆したいのは花火のシーン。CGの美しさもさることながら、カメラワークが斬新だなぁって思いました。(既存の映画でも類似のシーンがあったらすいません)普通、花火は人間が地上から見るものなので、アニメとかでもキャラの視点から空を映してドーンドーンってやりますよね。ありがちな花火のシーンです。でも今作では、花火と花火の間をヌルーッとすり抜けるように移動していきながら見せていたのがすげぇ。「天気」や「空」がテーマだから花火も空から映さなきゃウソでしょうというコトだったのかな。
そして陽菜が能力を使うときに、雨粒が逆再生されるがごとく空に立ち上っていくのは純粋にかっこいい(笑)髪の毛もブワーッと逆立つし。ゴールドエクスペリエンスみたいな効果音も。何より陽菜のキャラデザが結構好き。半分ぐらいはこの子に惹かれて観にいったみたいなところもある。あと、外見だけ見ると子供っぽく感じていたので、「主人公より年上」として出てきたときは驚きました。・・・ウソだったわけですが。まんまと騙された!
ストーリー面での疑問
『天気の子』の大筋のストーリーは好きなんですが、個人的には「んー?」と思うところもちょいちょいありまして。全体的に前作『君の名は。』の方がストーリーにまとまりがあって、物語の結末へグオオオッと向かっていく感覚があったような気がするんですよね。勢い重視じゃないかという批判もありますが、そこが前作の大きな魅力のひとつでもあったと思っていて。敢えてそうしなかったのでしょうけど、もったいねぇなという感想もあり。「グランドエスケープ」とか最大瞬間風速は凄かったけれどねー。
具体的にどこがまとまってないの?って聞かれると、夏美の就職活動のシーンとか、理屈は分からなくもないけど、それ要るか?って思ってしまって。自分がホントは大人になりきれてないくせに「大人になれよ少年」なんてのたまう須賀さん、上っ面の「第一志望」を叫び続ける夏美、そういった「東京」に押し殺されている人たちが最後に主人公を助けてくれるという布石を撒いているのは分かる。とても良く分かる。だが、「帆高と陽菜の物語」として見ると、面食らうようなところもあった気がするなぁとか思ってしまったのでした。
あとはチャカのくだりですか・・・ 「東京こえー」のひとつ、田舎にはまずおらんような、都会特有の暴力と恐怖の象徴として、拳銃が出てきたというのも分かる。(唐突感は些か感じたが)物語の冒頭では、陽菜を守るためとはいえ、帆高はその暴力を行使してしまう。なるほどなるほど。警察に銃を向けられるところも示唆的ですよね。しかし、物語の最後で、陽菜を救うため、再び帆高は一度捨てた拳銃を発砲するんですよ。アレ?そこは拳銃を捨て去るところ・・・ではないのかい?『天気の子』が少年少女が「社会のしがらみ」に必死に抗って、世界の形まで変えてしまう話なのなら、再びあそこで拳銃を使うのは果たして筋が通っているのか・・・?と僕は考えてしまって。
もしかしたら、なりふり構わなさとそれほどまでの愛を描いていたのかもしれないし、「銃を使ってはいけません」というルールにすら反逆していたのかもしれない。僕がとんでもない解釈違いを起こしているのかもしれない・・・
天気を選ぶか?君を選ぶか?
前節でいろいろ文句も言いましたけど、「賛否両論になるだろう」と監督が語った結末は、僕はむしろ好きな方で。すごく評価したいポイントです。主人公の帆高は、「陽菜を生贄にして、狂った天気を取り戻す」より「天気なんて狂ったまんまでいいから、陽菜を失いたくない」という選択をします。「自分の為に祈って!」ああ~美しいね。これでハッピーエンドだ。 ...『その後3年間も雨が降り続き、東京は水没した。』ウッソマジかよ!?
凄い結末だなと。ただまあ考えてみれば合点が行く。前作では、ヒロインと村人は救われたけど、大事だったはずの人の記憶はなくなってしまった。まあ、ラストではお互い再会できます。確かに、隕石災害をなかったことにして都合よく終わったようにも見える結末ですね。ですが今回は違って、明確に、世界よりヒロインを選択する。(世界の形を変えてしまってでも)そんな世界でも人々はなんだかんだで生きている。これが良いんだなあ。世の中をぶっ壊すからこそ、そしてこれこそが前作へのカウンターでもある。ただでは済まさんぞという監督の怨念(ほめ言葉)を感じました。
ボーイ・ミーツ・ガールの話ではこれ以上なく、真っ直ぐで尊い、納得感のあるラストだったと、終わってみれば思います。狂った世界で愛にできることは何なのか・・・それは目の前の人と手を取り合うことではないだろうか。どんな世界だったとしても君となら僕たちは大丈夫だ!そんな結末がとても心に残りました。小説版も入手して、もう一度じっくりこの物語に向き合っていきたいですね。他の方々の感想も読み漁ろう(これも映画の醍醐味)。こういう結末だからこそ多くの人に見て欲しい。
それにしても、『君の名は。』に引き続きいい作品を作るもんだと思います。受け取り手としては、このようなエンターテイメント文化の蓄積およびその担い手を、確実に守っていかなければならないと痛感します。そしてこれからも、作り手が放つ作品にできる限り応えてきたいですね。
今回はここまで。また次回の記事でお会いしましょう。
P.S. やたら作画の良いからあげクンがねっとり回転するところ、めちゃくちゃ面白くありませんでした?